
国際医療福祉大学三田病院 看護部長
共働きの家庭で育ちましたから、女性が働くことは当たり前だと思っていました。
栄養士や保育士も候補にある中で看護師を選んだのは、偶然見かけた友だちのお姉さんの白衣姿が、あまりにも格好良かったから。
あれは確か、高校からの帰り道。田んぼの小道を白衣姿で歩く、そのお姉さんの後姿を見ました。夕日に照らされ、キラキラと光る稲の中、キリッと立った白衣姿のお姉さん…とてもまぶしかった。
時代は東京オリンピックの頃。記憶は定かではないのですが、田んぼの中にぽつんと建ったその病院は、サナトリウムだったように思います。
性格上、「もしかしたら一生独身かもしれないから、職業婦人になろう」と、幼心に覚悟していたものですが、意外と早く24歳で結婚しました。その後も休まず働き続け、2009年4月、30年以上勤めた都立病院から当院に赴任してきたばかりです。ある意味、「職業婦人」も間違っていないようです(笑)。
看護観は時と共に変遷してきました。
今、思うのは「プロとしての看護・アセスメントはどうあるべきか」です。
子どもが熱を出したときに、お母さんが水枕を当ててやるのも、立派な看護。しかし、「子どもを治したい一心」で行う母の看護とは違い、「根拠は何か」まで推し量って行うのが、私たち看護師の看護です。同じ処置でも、私たちは看護の「プロ」なのです。
そうは言っても、私も子の母です。母でいるときは、仕事のときほど冷静ではいられなかったように思います。眠い目をこすりながら電車に乗る、制服を着て、鏡の前でナースキャップを被る。この一連のプロセスを経てようやく “母”から“看護師”に切り替わることができました。
東京タワーが望める都心の病院「三田病院」の中核を担っているのは、「がん」「脊椎・脊髄」「循環器」の三本柱です。
一本目の「がん」は、「東京都認定がん診療病院」として最高の医療技術を持つ専門医が多数在籍。各臓器のスペシャリストのほか、胃がんの権威で王貞治さんの主治医・北島先生(学長)が在籍していることでも知られています。
二本目の「脊椎・脊髄」は、2006年・みのもんたさんの手術を成功させたことで一躍有名になりました。
メディアにも多数取り上げられている当院には、全国各地から患者さんが集まってきます。
そして三本目の「循環器」は、まさにこれから。2009年6月より、社団法人日本循環器学会理事長を務める小川先生が院長に就任しました。2011年の新病院棟完成に合わせて、最新の診断と治療機器等新しいシステムを導入した「心臓病センター」の新設が予定されています。スペシャリストの医師と働けることは看護のレベルアップに非常に有効です。
当院は「チーム医療」を重点的に行っているので、職員同士、日ごろからコミュニケーションがよく取れています。
赴任してきたばかりの頃、初対面から気持ちの良い挨拶をしてくれる職員たちに「フレンドリーだなぁ」と、とても良い印象を受けたのを覚えています。
国際医療福祉大学には現在、医学部がなく、看護師、PT・OT・ST、放射線技師、薬剤師等、医療スタッフを育てる大学です。だから、「横のつながりを大切にしよう」という意識が特に強いんですね。
子育てを重視するお母さんが多いけど、私の場合は子育てと仕事、両方があってバランスがとれていたんだと思います。家庭で妻と母の二役をこなす私にとっては、仕事が「自分の時間」だったんです。
夜勤のとき、夫が「何とかして」と連れてきた、泣き止まない子どもに母乳を飲ませたこともありました。子どもたちを保育園に送迎するため、自動車免許も取りました。
20代で子どもを生んだ私は、子どもと一緒に成長してきたように思います。決して良いお母さんではありませんでしたが、大変だったことも、振り返ってみれば良い思い出です。
私は転職も「有」だと思います。でも、「隣の芝生は青く見える」と言うように、どの病院に行っても、良い部分ばかりではありません。その認識を持つことが必要です。どこにいても、マイナス面や大変なことを「大変」と思っているだけじゃ、何も変わらないんですよね。今まさに転職を考えている皆さんも、次の職場では「自分の職場は自分たちで改善!」くらいの気持ちを持って働いて欲しいです。
あとは、家族とよく話し合って協力してもらうこと。私も夫や子どもたち(そして愛猫)には、面と向かって言葉に出さないけど…、感謝しているんですよ。
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