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![]() 救世軍ブース記念病院 看護部長 【著書】 『燃え尽きないがん看護』医学書院 高校卒業後、すぐ就職しましたが、2~3年で寿退社していく同僚たちを目の当たりにし、“長く続けられるやり甲斐のある仕事をしたい”、と思い看護学校に入学。卒業後は、国立病院のがん看護で臨床の基本を体得、次第に看護の重さと意味に目覚めてきました。その後、看護教育(約9年)に関わり、実践の理論との繋がりを思考する体験を重ね、臨床と教育を行き来。看護の仕事の“凄さ”を思うこのごろです。 私の看護観は“意図的な看護”。 ショートステイの経験のある老人病院への転院が決まり、「あそこに入院するともう家には帰れなくなる。死んだほうがマシだ」と涙を流されていたSさん(83歳)に出会いました。転院はお嫁さんが仕事を辞めたくないのでSさんの面倒をみる家族がいないという理由から。私は両者の希望をなんとか両立する方法はないかと模索しました。自宅に手摺りを設置して歩きやすく。昼食はお弁当と魔法瓶で用意。ヘルパーさんの活用の仕方。高校生の息子さんには入浴の介助を分担・・・意味のある体験になるわよ。そんな話までしながらお嫁さんに無理がなく、Sさんも幸せになれる方法を提案。最終的にお嫁さんが(在宅介護を)やってみます!と言って下さりSさんはご自宅で療養されることに。「在宅で無理があればすぐに連絡して下さいね」とお嫁さんに重々伝え、Sさんは無事退院されていきました。 2年ぐらい経った頃、お嫁さんに街で偶然お会いして「まだあの生活を続けています。おじいちゃん元気ですよ」と、声をかけられました。「あの時、誤った選択をしないで良かったと思っています」との言葉に、諦めず積極的に介入してよかった、わかってもらえたと、看護の醍醐味!を味わえた瞬間でした。 看護師は創造力が必要な仕事。そして人の人生にものすごく影響を与えます。ご家族も含め、どのような方法をとったら課題がクリアできるか、健康上の支援を通してその人の幸せを創造します。能動的、創造的なナースになるためには誰かに言われたことしかできないようではだめ。自分の頭で考えることが必要です。頭で考えたことを意図して行えるかが本当の意味での“意図的な看護”ではないでしょうか。しっかりした看護観がなければきっと場当たり的な看護しかできないと思います。
救世軍とは、1865年ロンドンのキリスト教会牧師ウイリアム・ブ-スが始めたキリスト教の宗教・社会福祉活動団体です。3S(Soup食事・Soap清潔・Salvationキリスト教による魂の救い)を活動の目標に世界118カ国で活動しています。日本では1895年に活動を始め、その医療事業の一つとして私たちの病院も大正5年に設立されました。社会に奉仕する病院として、一般病床(急性期)・療養病床(慢性期)・緩和病床(ホスピス)20床をもち,日本医療機能評価機関からも認定されています。300人の職員が歴史と信念に誇りを持って働いています。 よくキリスト教の方しか入職できませんか?と聞かれますが信者さんは当院でも一部です。ただ、病院に救世軍のチャプレンと呼ばれる牧師さんがおり、患者さんのために毎日病室に伺い精神的支えになるなどスピリチュアルな支援も行っているのは特徴的です。 病院全体で“その人と向き合う看護”が看護部のモットーです。急性期の病院と違いゆったりした時間の流れの中でお一人お一人と向き合う看護をしてゆきたいと思っています。 ナースには状況をしっかり判断できるよう、分析・統合できる力と、”その人”に深い関心を寄せる熱い気持ちの両方が欲しいです。看護師全般に言えることですが、緩和ケア病棟では特に冷静さが必要です。自分の立場を客観的に見ることができる方。そこを考えることができないと感覚的な世界に浸かって一緒に泣いて一緒に苦しんでしまう。プロとして長くは続けられず、いわゆるバーンアウトしてしまうのだと思います。さっきまで一緒に泣いていた自分を「あそこで一緒に泣けて悲しかったけど嬉しくもあった。でも他にも患者さんがいるんだし…」と冷静に気持ちを切り替えられることも求められるのです。自分一人で想いを背負うと苦しくなるので「~って言われ何も言えなかったの」など仲間とオープンに言葉で表現できることも必要と思いますよ。 昔、先輩看護師が患者さんのことや自身の看護観について時間を惜しまず熱論している様子をみて、なぜあんなにアツく語れるのだろうと不思議に思ったものです。「看護師は真面目な人が多く、仕事は厳しい…」始めは看護師という仕事がそんな風に見えましたが、自分の体験について、同僚・友人と論議をしたり理論を学んだりする中で自分の看護論の考え(看護観)が明確になってくると看護はとても面白くなってきました。多くの看護師が困難を乗り越え汗をいとわず働く姿を本当に美しいと思います。看護をやっている自分たちがその面白さ、楽しさをもっと外に向かってもっとPRすべきだと思います。 私が尊敬する薄井坦子先生(現:宮崎県立看護大学学長)は看護の魅力を“泥沼のなかの宝を探すようなものだが、いったん手にした者はその魅力を忘れることはない”とおっしゃっています。あなたにも泥沼のなかの宝がきっと見つかるはずです。あきらめず、燃え尽きず、看護の仕事を続けて多くの方に看護の魅力を伝えてほしいです。
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